銀行員はもっと褒められてしかるべき。
銀行を辞めて大学職員をやっているとつくづくそう思う。
入行するや否や熾烈な出世レースの開幕。
仕事、研修の一挙手一投足が記録され、同期600人の中で常に順位が付けられる。当然全員を平等に評価できる訳もなく、学歴、資格等でスタート地点はバラバラ。
そこからは毎年恒例となる順位確認テスト。年に一度同期が一斉に集合し、「我よ我よ」と6時間近くにも渡る金融知識の比べ合い。
テストが終わって帰宅するのかと思いきやそこからまた仕事に進んで戻る銀行員がいるから驚きだ。
仕事に対する姿勢は日々上席によって管理され、月一回ある拠点長への報告会では拠点長、副拠点長からの叱咤激励の嵐。その嵐の中、ひたすら赤べこのように首を縦に振り、「なるほど、ありがとうございます」「申し訳ございません」をボイスレコーダーのように流す。
当たり前のように魂はこもっていない。
毎年4月には本部より全拠点宛に天変地異さながらの目標が張られ、課と課の間では目標の押し付け合いが始まる。部下たちの課長に対する声援はこの瞬間最高点に達する。
そして、その後課長が自分たちに持って返ってきた目標のでかさに声援は止み、闇が訪れる。そこからは部下のターン。大体若手は何も言えずに言われた条件を飲む。
最初から最後まで希望はない。
目標が定まれば外回りで案件の見定め。いかにも金を貸せそうな会社を探す。が、そんな会社は稀。毎年定期的に借りてくれる会社は目標に織り込まれ済。つまり無意味。
常に+αを求める人事の期待に応えるべく見た事も、話した事もない客の元へ電話でアポ入れ。話を聞くも、相手もこちらの提案を聞く気はない。稀にぐいぐい距離を縮めてくる社長もいるが、貸すのは不可能に近い。相談した課長もめんどくさそうに苦笑い。
だから行かないのか。過去の訪問記録を見ると先輩たちの足跡をなぞる様に同じ行動をとっている事に気付く。それでも何もない道を若輩銀行員は歩く。少しでも目標が終わる様に。
入行時の「お客様の為に!困った人たちの希望に!」という気持ちはいつの間にか「うぉぉぉぉ、俺の目標の為にお金借りろやぁぁぁ!」というセリフに早変わり。1年目はその気持ちのギャップに戸惑うが、すぐ慣れる。
立ち止まる暇などないのだから。
外回りが終わればすぐさま記録化。話した内容、提案に対する客の反応、今後の方針等をシステムに記録。若手銀行員は小説家と化し、記録上の文章では天才銀行員が恐ろしいスピードで客のニーズを捉えている。
しかし、結末はいつもバッドエンド。客は「まだ時じゃない」と武田信玄さながらの姿勢で成約には至らない。動かざる事山の如し。
物語の「いつまでも幸せに暮らしました」はディズニーだけの産物と知り、ディズニーに行きたくなる。
中にいれば鳴りやまない電話。自分宛であろうとなかろうとコールが鳴ればむしり取る。電話メモを殴り書き、拠点の反対側にある先輩の机まで小走りで置きに行く。急いで戻るとその先輩から「高原ぁ、ちょっと来い!」の単独指名。
メモが読めなかったらしい。自身の字の汚さを呪うと同時にメモを見ると一筆書きの筆記体になっていた。これは読めない。
そんな台風のような拠点内で仕事をしていると課長から再度「おい、高原!」の単独指名。拠点の端から端まで聞こえる「はい!」は体育会出身のたまものだ。反応だけはピカイチ。
その間に課長の気付いたミスが何なのか、過去の隠ぺいを振り返るも多すぎて断念。正解は沈黙。自らミスを暴露するなどあってはならない。
するとまさかミスと思っていなかった仕事が大爆発。痛恨の一撃。課長の問いかけに高原から反応はない。屍と化す。
修復に時間を要した上に上司、客の印象も悪くなりストレスの為トイレへ。大の気配はないが、個室にこもり携帯でいとこの写真を見て癒される。
15分ほど休憩して再び嵐の中へ。
こなせどこなせど終わらない業務。迫る退行時間。終わらない業務。アポ入れに電話対応に終わらない業務。気付けば20時。
退行の時間だ。
これ以上の残業は許されない。
副拠点長が立ち上がり、拠点内パトロールが始まる。「帰れええええええええええええええ!!!!」叫び狂う上席に捕まる前に退行。
「ごめん、明日の俺、、」そう呟きながら従業員用の出入口から脱出。解放感が体に染みわたる。すると、
「たかはらぁ!!!のみいくぞぉぉぉぉ!!!」
「はいいいいいいいいぃぃぃぃ!!!!!!」
本日3度目の単独指名。
反応はピカイチ。仕事についての特別レッスンが始まる。
あの銀行員として過ごした3年間は凄かった。
高原はもっと褒められていいはずだ。
お昼のチキン南蛮食べながらそう思った。